将来のことを考えてもしょうがない。サピエンス全史を読んでわかった。未来はバーチャルであるということ

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こんにちは。ブロガーのダテカイ(@datekai)です。

 

僕は最近、『未来について考えすぎても良くないな』と考えています。

しょせん、未来なんてバーチャルに過ぎないからと思うからです。

 

そんな誰かが考えた空想のことを気にして、不安になるんだったら、

今を一生懸命に生きたほうが絶対に人生楽しいと思います。

 

 

会社員のときは不安だったけど、会社を辞めてしまった今は不安がなくなった

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僕が会社に勤めていたときは、

「この先、このまま働いていても幸せになれるのかな?」

「何のために平日10時間も拘束されているのかな?」

と考えていて、将来がすごく不安でした。

 

何があるかわからない将来のことばかり気にし過ぎて、今を生きていませんでした。

 

ですが、会社を辞めた途端に、将来を考えることが無くなったせいなのか不安が一気になくなりました。

それは、いろんな人間関係や時間のしがらみがなくなったのと、今を生きなければならなくなったからです。

 

会社にいるときは目の前のことを淡々とこなして、今を忘れればいいだけでした。

 

しかし、会社を辞めた今、

「次の職はどうしようかな~」

「今日のブログは何を書こうかな?」

と今のことを常に考えて生きています。よくわからないの不安な将来を気にする必要がなくなったのです。

 

『サピエンス全史』を読んで、未来ってバーチャルなんだって、考えるキッカケを与えてくれた

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僕に”未来はバーチャル”なんだという考え方をくれたきっかけが、世界的ベストセラーになった歴史書『サピエンス全史』です。

 

その本の”農耕がもたらした繁栄と悲劇”という章に『人々は自らの決定がもたらす結果の全てを捉えきれない』と書かれていました。

 

情報伝達の手段として、昔は手紙を1、2週間くらいかけて送っていました。

「じゃあ、もっと情報の伝達が届く時間を短くしよう」

ということでメールの機能ができました。

確かにメールのおかげで、情報を伝達する時間はかなり減らすことができました。もはや10秒もかからないレベルでしょう。

ですが、伝達スピードが速くなったのせいで、今度は「早くメールを返してください」と急かせれるようになりました。今も、あなたは色々な企業から「まだメールの回答までですか?」と電話でせかせれていることでしょう。

時間を短縮するためにメールの機能ができたのに、今度は時間にせかせれるようになってしまいました。

 

『贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせる』という教訓はまさにこの通り。

 

つまり、人々は自らの決定がもたらす結果の全てを捉えきれないのです。

 

この例え話からはわかりにくいと思うので、

次は歴史から振り返っていきましょう!

 

農業革命は最大の詐欺だった

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話は農業革命が起きたところまで戻ります。

 

農業革命は、1万年ほど前から始まりました。

朝から晩まで、タネをまいて、作物に水をやって、雑草を抜き、羊を連れていました。

人々はこうして一生懸命に働けば、たくさんの食べ物や果物、穀物や肉が手に入るだろうと考えていたのです。

 

かつての学者たちは

『人類の進化により次第に能力の高い人が生まれる。そして自然の秘密を理解できるようになって、羊を飼うことができ、小麦を栽培することができた。狩猟採集民(狩をしたり、きのみなのど採取して暮らしたり)の生活を捨て、愉快で満ちされた暮らしを楽しんだ。』

と、農業革命は人類にとって大きな一歩だと言っていました。

 

しかし、そんな物語はただの幻想だったのです。

なぜなら、狩猟採集民は農耕時代のはるか前から自然の秘密をしていたからなのです。

人々は進化とともに知能を高めたという話は、もともと狩猟採集民は自然については理解していたので、全く根拠がないのです。

狩猟採集民は、自分たちの狩る動物や採集する植物について知識がないと、命に危険があったからなのです。

 

なんと農耕民は、楽で楽しい暮らしをできるどころか、狩猟採集民と比べて満足度の低い暮らしをしていました。

 

確かに農耕の時代は、作物をたくさん育てることができて、保管することも可能でした。雨風、野生動物から守ってくれる家だってありました。人々は、人類の数を増やすことができたので、生物上では成功をおさめていました。

 

ですが、その生活にはたくさんの短所がありました。

・作物の種類が少なかったので栄養不足になる

・災害や作物が病気になって、食料がなくばれば餓死をする危険があった

・人の体は農業には適していなかったので、ヘルニアなどの疾患にかかりやすくなった

・1日中働かなければならなかった

・村が襲われても、作物があるために見張りが必要になった(仕事が増えた)

・人口の増加によって、より多くの土地や作物が必要になった

・定住しなければならなかったので、病気が流行ったりするようになった

 

それに比べて狩猟採集はどうでしょうか?

・沢山の食べ物を理解して、沢山の種類の食べ物を食べていたので栄養不足にはなりにくかった

・食料は沢山あるので、一つ食べれなくなっても代わりの食べ物があった

・そもそも無理な体勢をする必要はないのでヘルニアにかかる心配はなかった

・お腹が空いた時に狩をすればよかったので、働く時間は短かった

・もし、他の民族から襲われても、すぐにげることができた

・繁殖を制御するのを助けてくれるホルモンや遺伝子の仕組みを持っていたので、子供の数を操作できたので、食べ物や移動式の生活に困る心配はあまりなかった

・移動して暮らしていたので、病気がはやることはなかった

 

見てわかる通り、狩猟採集民の方が刺激的な生活が多くて、飢えや病気の危険が小さかったのです。

 

平均的な農耕民は平均的な狩猟民と比べてこんなにも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物が少なかったのです。

このことから「農業革命は史上最大の詐欺だった」と言われてます。

 

狩猟採集民から農業革命が起きた時代の暮らしはこんなにも変わってしまったのです。

”ホモ・サピエンス全史”には『私たちが小麦を栽培化させたのではなく、小麦が私たちを家畜化した』とユニークな表現まで書いてあったほどです。

 

 

人々は自らの決定がもたらす結果の全貌を捉えきれない

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さっきも話した通り農耕民は安定を求めて、食料を育てることにしました。

しかし、仕事の量が増え、見張りも必要になったり、病気や栄養不足により死亡率が増えてしまいした。

なぜこんな暮らしになってしまったのでしょうか?

それは、人々は自らの決定がもたらす結果の全貌を捉えきれないからです。

タネを植える代わりに、畑を耕します。

食料を守るために、見張りをつけます。

「少し頑張れば・・・あと少し頑張れば・・・楽になれる」

と思ってやっていたのに、どんどん仕事が増えて苦しくなる一方になってしまったのです。

 

より楽な暮らしを求めていった結果、大きな災難を呼び起こしてしまいました。

 

なぜ元の狩猟採集民の暮らしに戻らなかったのか?

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では、なぜ元の狩猟採集民の暮らしに戻らなかったのでしょうか?

 

その理由は2点あります。

・たくさんの世代を渡って、食物を育てて暮らす生活になってしまったので、狩猟採集民のころを思い出せる人がいなかった。

・人口が増加しすぎて引き返せなくなった

からです。

 

中には、農耕を始めるのを拒んだ人たちもいました。

でも、その農耕を拒んだ人たちは農耕民族と比べて、圧倒的に数で負けていました。

生命の存続に危ぶまれて、縄張りが畑や牧場になるのを許すか、作物を育てるしか道はなくなってしまったのです。

 

つまり、農業革命は逃れることのできなかったワナだったのです。

 

10、20代の若者たちよ。結局、未来の全貌を捉えきれないんだから、今を全力で生きるべき

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現代でも、第一章でも説明した通り、人々は自らの決定がもたらす結果の全貌を捉えきれない例がたくさんあります。

 

東京にたくさん並んでいるビルは果たしてこの先どうなるのでしょうか?

建築士さんによると、あのビルたちは壊すことを考えずに設計していると言っていました。

50年後の未来から来た人が、

「この後にこうなるよ!」って伝えてくれたとしても、それでも建物は立ち続けているとは思いますけど・・・。

 

そういう事柄が町のそこら中に転がっているのです。

 

人々はより楽な生活を求めたのに、誰も望んでない形で世界を変えてしまいました。

数人のお腹を満たして少しばかりの安心を得ようとした結果、色々な予期せぬこと起きて、焼きつくす日差しの中で桶に水を入れて運んでという日々を過ごすハメになってしまいました。

 

僕が『サピエンス全史』の”農耕がもたらした繁栄と悲劇”という章にを読んで、

「想像した未来は仮想にすぎないんだな」って思いました。

 

もちろん、「5年後はこうなるんだろうな・・・ 」とある程度の予測はできるでしょう。

しかし、10、20年後の世界は本当に想像がつきません。

 

今から頑張って老後のために貯金しようと思ったら、日本のお金が信用をなくして、全部が紙切れになってしまうのかもしれません。

「これをやったら、未来が楽になる」と思ってやったことが予期せぬ形で、自分の首を締めるのかもしれません。

 

でも、こんなネガティヴなことを考えてばかりでもいけないんだと思います。

だって、未来って仮想じゃないですか。本当は存在しないものなんです。

だったら、仮想のことなんて考えずに、今を生きたほうがよっぽど幸福度が高いのです。

 

農耕民族は、食べものは沢山あったけど、色々なことにおびえていたり、生活のレベルが下がったりして、幸福度が下がってしまいました。

狩猟採集民は、安定したくらしはなかったけど、働く時間は短く、刺激のある生活により、幸福度が高かったのです。

 

今の10、20代の人は

「給料が少ない」とか、

「年金制度がなくなるかもしれない・・・」などの心配事が多いと思います。

だけど、そんな40年後のバーチャルの世界を想像しても、いいことないじゃないですか。

 

僕が今まで会ってきた、自分で事業やっている(世間的に安定が約束されていない)人の中で、

「今マジで不幸だわ」って言ってる人に出会ったことがありません。

 

「あ~これからの生活ヤベェ」と酒を飲みながら笑っている人ばかりです(これは一部の今の生活がやばいと言っている人のことを指しています)。

僕は、この人たちは今を集中しているから、人生が楽しいのだと思います。

少なくとも10年、20年後の仮想の未来のためには生きていない。

今を集中しているから幸せなんだと思います。

 

これからは、AIの発達のおかげで仕事をする時間が短くなってきます。

だんだん、仕事をする時間が短かった狩猟採集民みたいな生活に戻るかもしれません。

 

未来はバーチャルであるというタイトルとは矛盾していますが、

幸福度が高くてワクワクする未来を想像して、僕はこれからも過ごしていきたいなと思ってます。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

新卒で入った会社を3ヶ月でやめて、今は“TABETE”というフードロス削減を目指すサービスをやっている“株式会社コークッキング”にいます。スタートアップです!主に営業企画とみんなにお料理を作ってます。ほかには自分でブログを運営したりしてます。 とにかく頑張ります!!!